大阪歌声喫茶物語

■歌声喫茶館
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■歌声喫茶館にようこそ! ◆大阪歌声喫茶物語のページです。
※大阪の歌声喫茶を箇条書きに紹介するつもりでしたが、すこし趣向を変えてみました。

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エッセ 
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◇歌声喫茶物語:第一話
遠い昔の、かつての歌声喫茶の全盛時代。それは昭和30年代だという。東京新宿で始まっ たのが最初らしい。大阪の歌声喫茶の源流はどこにあるのだろうか?
多少の記憶をたぐり寄せて書いてみたい。おそらくピークは昭和30年代の中頃から後半あた り。当時の大阪の歌声喫茶は、難波千日前に「どん底」、道頓堀の通りの北側には「ふるさ と」があった。この店は1階の道路に面してテレビが設置されていた。もちろん白黒テレビであ ったが、店内の様子がテレビ中継で外から見えるようにしていた。
それから堺筋本町には「炎」があった。※続きを読む
・・・・・
(平成21年11月25日作成)



◇歌声喫茶物語:第二話
歌声喫茶館のWEBページは2001年に始めた。ところが、今年去年の一年あまりの間に二度 のPCの復旧困難な故障があって、大事な資料は離散していた。CDにバックアップしていた 写真などもあったが、こうしたテキスト資料の喪失は致命的になった。だから前回も含めて年 次の記述は正確でない可能性もある。記憶と聞き書きに頼っての執筆になる。
現在、無数にある歌声でも、復活歌声が早かったのは肥後橋・ピープルズの大北さんであっ た。1996年に始めたという。この肥後橋のお店は吉田さん、大島さんも合流することになるの だが、これは機会があれば書いてみたい。

▲肥後橋・ピープルズの外観
私自身も1980〜90年頃には、心の底にある歌声への憧憬が次第に高まりつつあった。地元 の合唱サークルを覗いたり、歌う会のサークルを立ち上げてみたこともあった。
同時に歌声復活の予感も感じていたから、その頃から大阪に歌声喫茶の復活はないものか と探しはじめていた。※続きを読む



◇歌声喫茶物語:第三話
私の歌声喫茶への憧憬をもう少し続けよう。
振り返ると昭和39年、社会人となってからも、夏は小豆島に宿泊滞在のレジャーや、琵琶湖 などにもキャンプに行ったりしていたが、夜を徹して山の歌を歌ったりしていた。

小豆島では、海の家というような民宿なのだが、毎年行くので馴染みになっていた。夕食が すんだ時間を見はからって、※続きを読む




◇歌声喫茶物語:第四話
昭和40年代になると、会社勤めにも慣れ社会人として真面目な生活を送って、歌声のことは 忘れていた。そんなとき、高まりつつあった異性への憧れが、唐突に初恋となって現実のもの となった。何度かデイトも重ねたが、※続きを読む



◇歌声喫茶物語:第五話
昭和42年頃だったと思うが、会社の再編成があって自動的に移籍することになった。新しい 会社が設立されて、支店・営業所は大阪府下各地に新設され、本社は西区川口町に構え た。
それで新会社から、一週間ばかり研修に行くことになった。横浜での研修で全国各地からの 系列会社の参加者がいた。※続きを読む







■各地の歌声喫茶

◆リンク集
※リンク集を簡単に作成しました。開催店でサイトのないお店、もれているMIDIサイト様、お店 はご連絡ください。追加いたします。







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